2014年12月29日月曜日

師走

師走だというのに、お客様の入りの割に売り上げが悪い。収益はもっと悪い。

お客様が多数みせにいらして活気があっても、収益のあがる卓はほとんど稼働していない。
収益のあがらない卓のほうが店員楽だからね。固定給ならば楽なほうに身体が動いちゃう。仕方ないのかもしれない。世間のたいがいのサービス業者は、能力給は実入りが少なくなる可能性があるという理由で受け入れがたいらしい。 IT業界とは違うんだな。

わたしは株やって生活費を最低限に抑えて、親から受け継いだ金をのんびりと減らさずに娘に渡せたらそれでよかったのに。
どうしても手伝ってくれという師匠の科白と、わたしも「なぜ、これだけ流行っているから『返す』という言葉を信じて貸したのにすべての金がなくなり、また借りようとしているのか」という好奇心。そして「赤字しか出ていない店ならば、撤退したら師匠の預金ゼロは仕方なくても、奥様の預金は残るだろう」という情で東京までわざわざ出直してきた

店の売り上げが落ちた原因も理解できたつもりだし、師匠が金よこせというばかりでまったく仕事もしないし、金を渡せばさぼるほどの疲れた老人になってしまったこともわかった。奥様には十分に用立てた。もう、本当に気は済んだよ。 この立場にいる以上は「できるだけのことはする」けど、義理も果たしたし好奇心も満たされたな。

昼番頭さんと師匠が、わたしのお願いに応えてくれないならば。 そこに金をつぎこんでも無駄なこと。撤退かな。 撤退するならば、ここまで店の支払をわたし名義の口座にいくつか移してきた以上。恩知らずといわれても足木夫妻に民事訴訟を起こさないと縁は切れないだろう。 本当に金をぶんどるかどうか落としどころは別として、けじめってものが必要だからね。

12月3日のつぶやき

11月は師匠の奥様の入院費を用立てたり、自分が9月の分から書類整理できてなかったりして、落ち込んでついに一週間寝込んでしまっていたわけだけど。
今朝起きたら、図太く居直ることができました。

しょせん「赤字店」じゃねぇか。素人が差配して黒くなるだなんて誰も本気で期待しちゃいないよ。
「俺の資金が尽きる前に黒くなったら儲けもの。これ道楽なんだから、好きにやったら良いさ」

ん、やるだけのことはやる。

でも潰れてもしらんよ。店の人、先輩がたが俺の変更指図に従わなくてつぶれても、そう認識して見捨てるだけだよん

12月27日未明のつぶやき

まー、もう良いや。気が済んだってのはある。

とりあえず、なぜあれだけ好条件が揃った店が赤字になったか・なぜ前回にお貸ししたお金が簡単に溶けたかは、よくわかった。

新しい方向を示しても「おれは悪くなかった。その証拠に良くならないじゃないか」という心としか思えないのが数人いるのもわかった。ぼくは、もう気が済んだからいつでも抜けられるよ。

あとはそっちが自発的に、どんな成果やことばを見せてくれるか次第  ……夜中に起きて、メールへの返信・反応がなにひとつないのをみて詠める

8月の呟き

中川は従業員としては勤怠と要領がわるい代わりに勤務時間中さぼらなかった人間だが、

経営としては、「勤務時間中に怠けるな」という代わりに「怠けないほうが得になるシステム」を構築して提唱しないといけない

7月7日の呟き

株をギャンブルとして考えたら、含み損ごと受け継いだおかげで無税なので他の種目より割が良いのだけど。

それでも、単体でやってるとギャンブルにしか過ぎないので、そろそろ時間に余裕ができてきたし本業が必要。

7月10日の呟き

二日で50万ぶちこんでも1万円しか損しないんだから、株ってイイネ ヽ(°Q。)ノ

7月25日の呟き

A 「金貸して」
B 「( 融資はしない、出資ならしても良いから)最近の収支みせて」
A 『貸してくれるのならば、赤字大目に盛ろう』
B 「貸してもよいけど、この金は事業撤退に使ってね」
A 「Bさんてなに考えてるのかわからない。怖いから縁切った」

よくあること?

2014年11月24日月曜日

「Google Works」より 補足

「Google Works」よりというブログ記事を、さきほど公開しました。まだ読みおえていない本から触発された文を書くのはなるべく控えているのですけれどね。

じつは、このあとに弱音というか愚痴を書きつづってしまったのだけれど。それはこちらに続けます。

……でも、素人のわたしがこんなとこ入ってやってるのは場違いだとも感じてますよ。私としては気楽にのんびりと、兵庫の田舎で余生を送りたかった。ただ、見てられなかっただけ。

「あれもやってくれた、これもやってくれた。それは恩だけれど別です」と、古参の店員さんと口論したときに言われました。

それらは、すべて今のわたしならば当たり前に『やるべきこと』。もし恩とかいうならば、わざわざ兵庫から東京まで身ひとつで出てきて、引き受ける覚悟をしたこと。それだけだというのに。なんで「好きでやってる」と思われちゃうかなー

2014年10月31日金曜日

ゆーだいさん

師匠から電話があって、いろいろ話したあと。昨晩のみせでゆーだいさんの上衣をお預かりしようとしたら「アルバイトじゃないんだろ」と制せられ、ご自分でハンガーに掛けられたことを話し、説明は足木さんですかとお聞きした。

「俺の相棒だと説明してある」

ありがたいけど。ありがたいけど店の中の立ち位置は師匠の代わりにはなれない。僕は麻雀打つカリスマじゃなく、店の設備を整え、店内では給仕をする人間だ。

トイレから出たお客様におしぼりをお渡しして、恐縮されるような位置づけはわたしのものじゃない。 率先してお客様に仕えて、リラックスいただくためにはこちらが襟を正すべきだと身をもって示す立場だ ……といまはまだ考えている(このさき変わる可能性はあるけど、少なくとも『今の』弾飛瑠では)


ゆーだいさん:前原雄大さん。いまの麻雀界の重鎮のひとり。mixi で何度か足跡をむかしつけたことはあるが、直接の面識はない。弾飛瑠でなんどか給仕したことはあるが、お話したことはない。

2014年9月26日金曜日

レジ責任

中川は銀行員の息子です。銀行の大阪支店で一般職やっていた女性と、研修として支店にいた父が結婚して、東京の本店に転勤してから生まれた関西系関東人。

大学入学を機にわたしも関西に移動し、心斎橋の貸し卓雀荘でウェイターやっていたことも、南大阪の貸し卓雀荘がフリー始めようとしているときにメンバーとして参加したことも、そのほか家出・夜逃げのひとを集めて従業員にしているチェーンの店で働いたこともあります。

離婚のあとすぐ、自分も食うあてがなくメンバーとして働いていた、とある雀荘で店主に気に入られ、一年ほど隠居していたけれどまた雀荘の運営に携わりあれこれやっています。

前のメンバー勤務のとき、一部のひとしかレジの責任者になれないのはなぜかな、と思いながらみていました。雀荘では、むかしからレジの過不足金が出て大きな額だとレジ責任者が自腹を切ることが当然だったのですね。だから、貧乏人には任せられない。

銀行窓口ではむかしコンピュータシステムがなかったころ、一日の営業をおえて一円でも狂いがあれば、多くても少なくても窓口の全員が帰れずに原因を追究していた、と両親から聞いています。(いまではコンピュータのおかげで、リアルタイムで狂いを見つけられるので、そんなことはないと思いますが。)銀行は残業代をきっちり払うので、人件費を考えると不経済きまわりない。経営のうえからは一見ありあえないことを、なぜやっていたのでしょう。


ひとは、弱い生き物です。へりくだられるとのぼせあがり、諾の返事を得てお任せしたことがなされていないと頭に血が上る。のぼせるのは自分に感謝の気持ちが足りないからだし、諾の返事を得ても言った内容がそもそも伝わっていないことがあるのはお任せした側の責任なのに、ね。

同様に、レジを任されて帳面の数字とのあいだに狂いがでたとき、不足を埋めるのが義務となっていれば。過剰のあったときに自分の金だと思うのはあたりまえのことだと思います。レジの責任をお任せした側が、現場で働く人の全力をもってしても過不足があれば、お任せしたこと自体の責任をお任せした人が取らないといけない、とわたしは思います。レジの金と自分の金を混同するような真似、自分もやってはいけない。相手にもさせてはいけない。

そう思えば、とても信頼できる一部のひとだけでなく、ふつうに信頼できるほとんどのひとにレジの責任を預けることができます。

レジのお金は、「増やしてください、お願いします」と預けるお金。一日の終わり、ひと月の終わりにはいつも「ありがとうございます」と謙虚に結果をうけとるだけです。