2014年9月26日金曜日

レジ責任

中川は銀行員の息子です。銀行の大阪支店で一般職やっていた女性と、研修として支店にいた父が結婚して、東京の本店に転勤してから生まれた関西系関東人。

大学入学を機にわたしも関西に移動し、心斎橋の貸し卓雀荘でウェイターやっていたことも、南大阪の貸し卓雀荘がフリー始めようとしているときにメンバーとして参加したことも、そのほか家出・夜逃げのひとを集めて従業員にしているチェーンの店で働いたこともあります。

離婚のあとすぐ、自分も食うあてがなくメンバーとして働いていた、とある雀荘で店主に気に入られ、一年ほど隠居していたけれどまた雀荘の運営に携わりあれこれやっています。

前のメンバー勤務のとき、一部のひとしかレジの責任者になれないのはなぜかな、と思いながらみていました。雀荘では、むかしからレジの過不足金が出て大きな額だとレジ責任者が自腹を切ることが当然だったのですね。だから、貧乏人には任せられない。

銀行窓口ではむかしコンピュータシステムがなかったころ、一日の営業をおえて一円でも狂いがあれば、多くても少なくても窓口の全員が帰れずに原因を追究していた、と両親から聞いています。(いまではコンピュータのおかげで、リアルタイムで狂いを見つけられるので、そんなことはないと思いますが。)銀行は残業代をきっちり払うので、人件費を考えると不経済きまわりない。経営のうえからは一見ありあえないことを、なぜやっていたのでしょう。


ひとは、弱い生き物です。へりくだられるとのぼせあがり、諾の返事を得てお任せしたことがなされていないと頭に血が上る。のぼせるのは自分に感謝の気持ちが足りないからだし、諾の返事を得ても言った内容がそもそも伝わっていないことがあるのはお任せした側の責任なのに、ね。

同様に、レジを任されて帳面の数字とのあいだに狂いがでたとき、不足を埋めるのが義務となっていれば。過剰のあったときに自分の金だと思うのはあたりまえのことだと思います。レジの責任をお任せした側が、現場で働く人の全力をもってしても過不足があれば、お任せしたこと自体の責任をお任せした人が取らないといけない、とわたしは思います。レジの金と自分の金を混同するような真似、自分もやってはいけない。相手にもさせてはいけない。

そう思えば、とても信頼できる一部のひとだけでなく、ふつうに信頼できるほとんどのひとにレジの責任を預けることができます。

レジのお金は、「増やしてください、お願いします」と預けるお金。一日の終わり、ひと月の終わりにはいつも「ありがとうございます」と謙虚に結果をうけとるだけです。